美しいクソをするために

 「美味しいものを食べたい」こんな気持ちは、だれだっていつも考えていることだ。「食べられれば何でもいい」なんて考えている人なんて居ないに違いない。美味しいものはみんな好きに決まっている。

 だがみんな忘れている。僕らがいま一番考え、求めるべきものは、美味しいものを食べることではなく、”美しいクソ”をすることだということを。美しいクソが出なければすべてが台無しになる。肥満、肌あれ、機能低下。消化不良が引き起こす残念な結末。「全ては循環して秩序が保たれる」と言ったのは生物学者の福岡伸一氏だったろうか。すべてはイン・アウトする。取り入れては排出される循環の上に、森羅万象は成り立っている。美しいものを取り入れ、美しく排出されれば、循環のクオリティは向上する。そう今回は、インプットとアウトプットの独り言です。

 僕はこれまでたくさんの美しい体験、美しい知との出会いをしているにもかかわらず、アウトプットの部分ではまったくの便秘がち。理由としての憶測はついている。それはインプットの財をきちんと消化できていないから。知をきちんとした思考をとおして、創造のタンスに畳んで入れられていない。引きだしをタグつけし、把握しきれていない。そもそも引き出しはきちんと設計されていない。そもそも消化できていても、ケツに何らかのコルクを自分で詰めているのかもしれない。コルクは、遠慮の象徴か?

 美しいクソ(アウトプット)をするには、努力と習慣が必要だということは重々承知だが、それができてない。残された手段は、毎日同じ時間に気張ること。だがそうやって毎回息切れしながら不恰好なクソをするのは避けたい。きっと長続きしないんだ。「美しいクソをするために」……僕はあらためて習慣をひっくり返し、コツコツ一歩一歩を歩んでいかなければいけない。そう思う。